大阪高等裁判所 昭和36年(う)583号 判決
判決理由〔抄録〕
原審及び当審において取り調べた証拠によれば、次の各事実を認めることができる。
すなわち、
一、当審における<証拠>によると、本件事故の現場は、京都府船井郡瑞穂町の西北端に位する猪鼻であり、西方約五百米で京都府天田郡三和町大身莵原に通ずる莵原下山停留所線と称する曲折の多い山間の府道で、巾員四・六米の南北に通ずる箇所であって、現場南方約七十米に西方に曲る急カーブがあるが、その他は比較的見透しが効き、道路西側は上昇する山崖であり、道路東側は川があって下降する約七米の崖となり付近には人家はなく、東方及び西方約百五十米付近に人家が散在する程度の場所であること、現場付近は勾配は殆んどなく、道路面は非舗装ではあるが凹凸も殆んどない状況であること、現場付近は所謂裏道に当って、車馬及び歩行者の交通量は極めて少ないところであって、交通整理上の標識などの設備のないことが各認められる。
二、<証拠>によると、本件事故当時は降雪中であって、その雪は南方から北方に吹く風によって多少の吹雪となっていたが地上に積る程度のものではなかったこと、被害者西山光治は第一種原動機付自転車に乗り紺色の雨合羽を羽織り、防寒帽を目深に冠って俯向き加減に進行し、雪も同人に向って降っていたこと、被告人は普通貨物自動車京一―一二七二一号を運転し、時速約二十五粁で前記瑞穂町字猪鼻小字曾都田付近を西北に向って進行中、事故現場南方約七十米の地点にある急カーブ(峠の頂上)を左に廻った途端に、助手席の西山寿幸から「ポンポンが来た。」と注意されて、前方約五十三米の地点を被害者西山光治が道路の中央付近を前示姿勢で南方に向って進行するのを発見したため、時速二十粁に速度を落し、道路の左側山崖に寄り添って避けながら道路の右側に一米三乃至二米位の間隔を置いて進行し、対向車との離合を図ったが、対向車に乗った前記被害者は依然道路の中央を南進して来たため、衝突の危険を感じ警笛を吹鳴し、把手を左に切って急停車の措置を執ったのであるが、この時既に五米二二に接近していたため右措置も遂に及ばず右道路のほぼ中央において自己自動車の右前部と右被害者の乗用する対向車と衝突したことが各認められる。
三、<証拠>によると、同人は京都府天田郡三和町役場吏員であるが事故当日午前八時頃第一種原動機付自転車(三和町一―二一五号)を操縦して前示道路中央左寄りを時速約二十粁で進行し事故現場に差し懸ったが、当時吹雪が同人に向って降り注ぐため視界も悪く、防寒帽を冠りその上に雨合羽の頭巾を着て俯向いて進行していたため、対向する被告人の自動車に気付かずに遂に衝突し、そのため同人は頭蓋底骨折、左下膸皮下完全骨折等の重傷を受けたことが認められる。
以上の事実を綜合して、本件事故に対する被告人の過失の有無について検討すると、被告人が対向車を前方約五三米の地点に発見した際に、なるほど自己の自動車の接近を知らせるために警笛を吹鳴していないけれども、直ちに速度を二十粁に減じ、道路の左側山崖に寄って、道路の右側に一米三乃至二米位の間隔を置いて進行しているのであって、対向車が第一種原動機付自転車であるところからすれば、この間隔があれば優に離合出来るものであると考えるのは無理からぬことであると考えられるのであって、当時吹雪とはいえ見透しを妨げられるほどのものではなく、この場合対向車において前方の注視を著しく怠らない限り、特に警笛吹鳴の必要のない状況であったことが認められる。一方本件事故の被害者西山光治は吹雪のため雪が同人に向って降っていた関係もあって、防寒帽を目深に冠り、その上から雨合羽を着て俯向いて進行していたので対向する被告人の自動車に気付かず進行を継続したことが認められるのであって右被害者において前方注視を怠ったため寧ろ本件事故の発生を見たものと推認できるところからすれば、被告人の自動車の運転措置には何等責むべき過失がないものと断じなければならない。従って原判決が被告人に対し発見と同時に直に警笛を吹鳴して自己自動車の接近を知らせるのは勿論相手の行動にも注意し衝突を避けるため十分左側に寄り且つ徐行して急停車の出来る様措置すべき業務上の注意義務を認め、被告人が之を怠った過失により本件衝突事故を惹起したものであると認定したのは失当であるといわざるを得ない。なるほど、右注意義務について、被告人の司法警察職員及び検察官に対する各供述調書中に自己に過失があったことを認めるが如き趣旨の供述記載があるけれども、これは単にあとから考えて、かくもしておれば本件事故は避け得たであろうとのことを述べたに止まり、右供述記載をもって直ちに被告人の過失を認めることはできない。